引用、その10

asps2006-11-14

「―ということは、いまはみんなおなじなのね」
「これはいまだなあ、と思う気持ちはおなじですね」
「いまは、いまなの?」
「そうねえ。いまはいまでしょうねえ」
「気持ちは昔に戻ってるのに」
「だからさっき言ったでしょう。頭のなかで、いくつものいまが、記憶として重なり合ってるのよ」
「そう言ってしまうと、ハチミ、時間は頭のなかだけにしか流れないことになるよ」
言い返されたハチミは、とっさに、
「あ、鋭い」
と答えた。
「リカの言うとおり、たとえば私たちがこうして生きているから、時間もあるのよ。私がどこにもいなかったら、私の時間はどこにもないでしょう」
「ふむむ」
口を閉じたまま、リカが言った。
「人がいるから、時間もあるのね。関係してるのよ。ほんとになんにもない空間には、時間もなにもないはずだから。あっても、くらべることが出来ないよ。ほかになにかが存在していて、それとの関係のなかではじめて、時間がきまってくるんだから」
「人の頭が時間を作るの?」
「そうだね」
「いまって、なに?」

(少女時代/片岡義男著/双葉社